フィンランド・冬のきれはし DAY107 3月1日

 

ヘルシンキ、今日の空もどこまでも澄みきっていて とてもきれいでした。
青、蒼、あお、アオ、
どの字に当てはまるのかわからなくなるくらいクリアです。

気温アプリを見ると、ヘルシンキの気温は朝方が-17℃、お昼は-10℃くらいだそうです。最近 12月よりも1月よりも寒くて 冬に入ってから ここ一番の冷えこみが続いていました。 晴れの日が続いていることによる 放射冷却で朝方が特別に寒いそうです。

この2月中旬ころから 急に太陽が顔を出して 光は眩しいくらいなのですが、それにもかかわらず 気温が低いため まだ雪が残っていて、太陽の光を受けてその結晶はキラキラと輝いて白く美しく、空の青と雪の白、コントラストの強い美しい世界を体感できました。
地元の方で、これこそがフィンランド(南の地域)の正統派な冬よ、とおっしゃる方がいらっしゃいました。(南の地域に限り)あまり気温が下がらなくて雪の明るさや美しさを感じれない冬もあるそうです。

毎年毎年 違った表情だそうですが、私は はじめてのことばかりで、比べる対象もなく、来る風来る波をただただ真っ向から受けて 受けさせてもらって、とにかく何にでも感動したり おどろいたりしています。

 

 

 

フィンランドでの生活は、まだ スタートラインにも立てていない私だけれど、遊び以外ほとんど、まだ何の知識も経験もない状態だけれど、最近ふと初めの頃より増えているものがあることに気がつきました。

今まではフィンランドに惹かれる理由はほとんど感覚でしかわからなかったのですが、日々生活する中で 初めの頃に比べると そのことについて 少しずつ自分に向けて言葉にできることが増えて来たように感じます。
言葉にできるほど 体と心に着地してきた何かがあって、世間を意識してのことでもない、誰のためでもない、他でもない 自分から生まれる ただの純粋な好きの気持ちであること、その「好きであること」に対して自信が持てたことで 、ほんの少し自分にも自信を持つことができるようになったように感じます。

生活する上で感じる不自由なことはあるけれど、(そのことさえもまだまだ未知数ですが)そして どんな場所にも人にも 光と影があって もしかしたら 突き詰めると  どこにいても同じなのかもしれないけれど。(紛争や戦争など命の危険がある場合、またその他 人権や自由、健康や精神を脅かされたりする危険がある場合以外。)
その光と影の中でも 光の方に圧倒的に一点集中でも それがたとえ10%であっても自分の人生で大切にしたい何かがあって、それは もしかしたら その他の90%は自分と合わないような時でも  それでも構わないくらいのものだったりしたら、生まれた場所でなくとも その土地と合っている、ということなのかもしれない、と思うようになりました。日本という大変 恵まれた国に産まれたこと、そのことは承知の上で自分なりに感じたことです。

また 一方で影の方も、 体と頭と心で たくさん知ることができて、その部分もなんだかんだで 愛おしいと感じることができるようになったら、その時は その土地に一歩足を踏み込ませてもらえている時なのかもしれないなぁと ふと思いました。

 

少し歩いていると顔が痛くなってきて とても寒いんだけれど、気持ちを明るくさせてくれて 春のような 顔の痛さは冬のような不思議な3月1日です。
いっぱいいっぱい ありがとう〜と思いながら歩きました。

眩しかった〜。
目が強くないため、まだ3月だけれど サングラスは必須です。

 

 

 

 

 

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